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その78「時は神なり」

前回は、私たちが自然の一部であり、自然から遊離分裂して、自然を必要以上にコントロールしようとした過ちが、かけがえの無い「いのち」の絆を、ブツ切れに切って しまったと言うお話をしました。今回は、自然に満ちあふれ全ての生命が共有している「時」についてお話ししたいと思います。

共有する時間の環・・・!

いま、あなたがこのコラムを読んでいる時、ローマのパブで誰かと誰かが、楽しくおしゃべりをしていて、熊野灘の沖合いの太平洋では、クジラが潮を吹き上げ、スイスの森でリスが木を駆け上がっています。広大な宇宙の彼方では新しい星が生まれ、人々のからだの中を血液が巡り、戦場では兵士が銃に弾を込め誰かを狙っています・・!

私たち70億人近い人間と、数千万種の生き物たち、宇宙の星座も太陽系の星々も山も川も街も村も、同じ時間の中を奇跡のように、一瞬一瞬を生きています。そこにはダイナミックに同じ時が流れ、一瞬一秒を積み重ねて環境が刻まれています。

太陽は本当に神様・・・?

古来、世界に遍く存在するモノを神として崇めて来た人類ですが、その代表的な象徴が、万物に光りを与え続ける「太陽」です。全世界の神話でも、天照大御神や大日如来、天道や日天、ラーやホルスやアメンなど、太陽にまつわる神々が沢山あります。

しかし、実は遍く存在すると言っても、お昼は天空に輝いていますが、夜になると太陽は、地球の裏側に行ってしまい、その光りを失います。その点「時間」は、全世界に同時存在し、すべての生き物が同じ時間を共有しています。従って、太陽は、その時間を世界に示す「陽の役割」であり、もう一方の極に「陰の役割」の月があるのです。つまり、太陽が中心であった今までの社会は、ある意味片手落ちであり、陰陽のバランスが崩れており、そこに分裂が起こり争いが絶えない歴史が生まれていたのです。

時は神なり・・・!

「時」と言うと、大変わかりにくい存在ですが、自分の「呼吸」を思い起こして下さい。このコラムを読んでいる間も、無意識に呼吸をしています。一秒一秒の呼吸の積み重ねが時間であり、全世界の生き物の内側にその時間があるのです。

今までは、太陽や月を神と見立て、自分の外側に何か生きるよりどころを求めて来た私たちの姿でしたが、時間つまり呼吸=息を神と位置づける事で、一瞬の今を生かされている事に気付かないでしょうか?熊野には、古来からその息につながる場所があり、熊野詣での意味がそこにあるのです。

その86「人生に熊野を・・(8)」

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